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古代出雲王国ースサノオの光と影ー61 豪商三井家の驚愕ルーツ!!

 投稿者:shig  投稿日:2011年 3月21日(月)06時23分23秒
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  ずいぶん以前から、ひっかっていたことがある。
大国主命が、どうしてもスサノオとイメージが合わないのである。
出雲大社の奥に日御碕神社があるのだが、かつては日御碕大神宮と呼ばれ、出雲大社よりも格上であった。ここの宮司は代々、小野氏である。
地元では「お殿様」と呼ばれ、親しまれている。

で、出雲大社。オオクニヌシ。この大社、かつては杵築社と呼ばれ、明治までは祭神はスサノオであった。本殿裏にある、ソガの社の後ろに巨大な岩巌があり、古来より、地元住民のあがめる土地であった。
その岩をスサノオと見立てたのだろう。
となると、オオクニヌシは、杵築社をもっとたことになる。

さて、本題。注目は巨大財閥「三井家」である。ルーツを探ると、驚愕の事実が判明した。以下、苗字時点からの引用である。
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三井 ミツイ 男衾郡本田村字三井あり。三ツ井に同じなり。三津条参照。海洋民羊族鍛冶集団にて産鉄地の甲斐国、信濃国に多く存す。○



三津 ミツ 三(み)は未(み)の佳字にて、未(ひつじ)は渡来人の総称を羊(ひつじ)と云う。
津(つ、づ)は人や物の集まる所、即ち港の意味。
海洋民羊族を三津、御津、光、水と称す。見野、羊条参照。和名抄三河国宝飯郡御津郷を載せ、美都(みと)と註し、延喜式内に御津神社(愛知県御津町広石)を載す、別称船洲明神と云い海洋民の氏神にて、祭神は大国主命なり。神社周辺の御津山・新宮山麓から銅鐸が出土している。東穂録に「寛文の頃にや、水戸山(御津山)にて銅鐸を堀出せり」と。国史大系底本享保八年板本に「ミツノ」、内閣文庫本に「ミツ」と読まれ、現在はミトと称す。平安時代の医学書・大同類聚方に「母良世薬(むらせくすり)、参河国宝飯郡御津神社伝方御立里村瀬貫名之家之薬也」と見ゆ。神主村瀬氏は大国主命を祖神とした渡来人羊族であろう。近江国滋賀郡三津浜(大津市)は、安羅(あら)・安耶(あや)とも云(今の慶尚南道咸安)の漢人(あやひと)の渡来地にて、伝教大師最澄は此地の三津氏なり。九条仏閣抄に「後伝法記に云ふ、先師最澄禅、父三津百枝は、後漢孝献帝の玄孫高万貴王の子也。我が朝、応神天皇御宇、遥かに皇道を慕ひて帝徳に帰し、江州志賀郡三津浜に居らしめ、則ち姓を賜ひて、三津首と為し、百枝と号す」と見ゆ。アヤ条参照。埼玉郡谷中村枝郷三津新田(越谷市)あり。浦和、北本に存す。

羊=未。これ、秦氏だと思いますか?

金儲けに邁進し、平安の絹織物の利権をすべてわがものとし、

遷宮の費用を捻出したという、三井家。

渡来系の金の神様を奉じる羊族でした。

http://www3.ocn.ne.jp/~shig/poem/

 
 
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