teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:4/43 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

やむを得ず動物の命を奪うに当たって。

 投稿者:なべ  投稿日:2008年 2月24日(日)21時46分35秒
  通報
  先日車の運転中に、不可抗力とは故、飛び出してきた猫を轢いてしまったが、障りや祟りの有無を尋ねる相談を受けました。
あなたは、御神霊の信奉者でもあるので、障りとか祟りとかはありませんよ。とは言ってはおいたのですが、その当事者がどの程度の懺悔(ざんげ)をするのかでも、障りの程度も違って来るでしょう。実行を伴わないアーメンだの南無阿弥陀仏だのと口先だけの懺悔では、死んだ猫さんは決して赦してはくれません。
それは、牛さんや鶏さんや他の動物の命を奪って、日々食べているその行為についても、猫さん同様の事がいえるのです。
そこで、御神霊の信心者でもある罪深き者は、自身どのような供養の仕方をすれば善いのか知っている筈ですから、敢えて「障りとか祟りとかはありませんよ。」と申したのです。
例えば、狂牛病の問題に於いても、狂牛病の病原体が恐いから食べるのを拒否するのでは無く、狂牛病の発生その物が、天からの掲示であると自覚して、人はその事を厳粛に受け止め、無益な殺生を自重する心を持たなければならないのです。これを怠ると自らは勿論、子々孫々に至る迄因果応報として、禍いが返ってくる可能性が十分に有るからです。

http://tentei.hp.infoseek.co.jp/

 
 
》記事一覧表示

新着順:4/43 《前のページ | 次のページ》
/43